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“エゴイスト”

おほしさま、いつもいつもありがとうございます。


朝から暗い日記を書きます。
今回の森本くんのことを受けてから、ずっとずっともやもやしていたことで、一応成人している大人のファンとして本当は書いてはならないことなのかな?とも思うけれど、私は文章にすることでしか気持ちを発散させる術を知らないので。


私の意見に納得できない方のほうが多いと思うので、読みたい方だけどうぞ。


月曜日に事の概要を知って、火曜日にニュースで報道されてしまって、火曜日の夜の私は死んだ人みたいに何もする気が起きなくて、たくさんのお友達に励ましてもらいました。私と同じようにジャニーズファンのひと、ジャニーズではないけれど前に似たような事件を起こしたアイドルのファンのひと、まったくアイドルなんて興味無い大学の友達、その他もろもろ、色々な立場のひとから色々な励ましを貰いました。
その中でいちばん多かった言葉が「森本くん的には、たぶんこのまま芸能界を引退してしまった方が楽だけど、JUMPに戻ってきたら後指を指されたり辛いことがいっぱいあると思うけど、それでも戻ってきてほしいと言えるあなたは甘いというより厳しくて優しいひとなんだよ」というものでした。


私はその言葉を聞いて随分気持ちが楽になりました。
でも、何となく心のどこかで何かが違うと思ってもいました。
そして、一週間経って、たいぶ落ち着いて考えることができるようになって、私はやっと気付いたんです。私の「戻ってきてほしい」という気持ちは、厳しさでも優しさでも何でもない。ただのエゴだってことに。


NEWS→V6→JUMPとジャニオタ人生を歩んできました。共通点はどれもバレーユニだってところです。あくまで私の周り調べなんですが、バレーユニ好きな人って割とずっとバレーユニ好きですよね。嵐やNEWSからJUMPに降りたひとの数は多いけれど、エイトやかつんからJUMPに降りたひとってあまり見ない気がします。多分それは、バレーユニの持つ「正統派アイドル」なキラキラした感じが好きだからでしょう。でも、それと同じくらい、バレーユニの持つ「寄せ集め感」に魅了されているというひとも多いのではないかと思っています。バラバラなところから集められたものたちが、デビューして様々な困難に立ち向かっていくうちにだんだんとひとつの「グループ」になっていく過程。現に私もそれをリアルタイムで追いたくて、JUMPに降りました。喜び悲しみ受け入れて生きる孤独な戦士たちが、いつか本当の意味で「ひとりじゃないさ」って10人で歌えるようになるの見たくて。Hey!Say!JUMPというグループが、10人の帰るべき場所になればいいと思って。


でも、そもそもそういう考え自体がおたくのエゴに過ぎないのだなと気付きました。私は勝手に、Hey!Say!JUMPが森本くんの最終的な居場所になればいいと思っていた。でも実際はそうじゃない。アイドルである前にひとりの人間である森本龍太郎には「森本龍太郎」という人生があって、Hey!Say!JUMPはあくまで彼の仕事場でしかないのです。一歩外に出れば本当の帰るべきおうちがあって、メンバー以外のお友達がいる。それなのに私は、勝手に森本くんの人生を100%JUMPで構築しようとしていたんです。


前々から、森本くんは対してアイドルという職業に執着していないんだろうなあと思っていました。でも、そういうところがいいと思っていました。JUMPはアイドルという仕事に人生を賭けているやまちゃんがセンターのグループなので、そういう森本くんみたいなひとがいるからグループとしての均衡が保てているのだと。だって、10人ともやまちゃんみたいだったら、正直重いじゃないですか。重すぎて見てるの辛いじゃないですか。だから、本当は他の将来の可能性もあるけれど、何となく小さい時からやってるし、別に嫌いじゃないし、このままアイドル続けていこう〜みたいなスタンスの森本くんが好きだったんです。
でもそれが今は怖い。
彼がこのまま芸能界に未練なんて無く、あっさり辞めていってしまうのが怖い。だって、彼はまだ16歳なんです。高校1年生なんです。これからいくらでもやり直しがきく歳です。いっぱいいっぱい、未来の可能性が開けています。「アイドル・森本龍太郎」というのは、その可能性のうちのひとつにすぎないんです。そういう不安を、この一週間ずっと抱えていました。今でも抱えています。私は愚かで醜いエゴイストです。「森本くんがやりたいことをやればいい。それが芸能界でもそうじゃなくても、彼が決めたことなら応援する」なんて言えるような、物分かりのいいファンにはなれません。私の「戻ってきてほしい」はそれなんです。私が心の中で理想として勝手に掲げていたJUMP10人の物語に傷を付けられるのが嫌なだけなんです。JUMPが10人にとっての帰るべき場所であってほしいという、ただのわがままなんです。



アイドルを好きになることは物語を紡ぐことと同義だと思っています。
どこに物語性を見出すはそのひと次第で、楽曲に物語性を見出すひともいれば、タレント個人のアイドル人生に見出す人もいるし、グループに見出すひともいる。私はグループに見出すひとです。私がそういうひとで在り続ける限り、このエゴイズムはなくならないんだと思います。おたくって、なんて厄介な生き物なんでしょう。アイドルに執着してない森本くんに誰よりも執着していたのは、他でもない私自身なんです。


私には厳しさも優しさもない。
あるのは醜く歪んだエゴだけです。