読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

文字にして語るということ

明日はいよいよA.B.C-Zサマリーの私的初日です。
そしてえびサマリーが終わればSexyZoneサマリー!
相変わらず感想書く書く詐欺になる気もしますが、一応毎公演ちょこっとずつでも感想を書きたいなと思っています。

ので、今日は感想を書く前に「文字にして語る」ことについて最近私が思っていることを。


「文字にして語る」ことが好きです。
私は、人と話しをするのがあまり得意ではなくて、特に初対面の人とは緊張してしまってうまく話せない。たぶん、脳みそで何を言おうか考えて、その考えたことが口について出るまで人より時間がかかるんだと思います。
その点、メールやブログやTwitterや手紙や、文字だったらとても本音を伝えやすい。自分の頭でじっくりと、時間をかけて考えをまとめることができるから。
だから、私は今まで「文字にして語る」ことが好きなんだと思っていたし、「文字にして語りたい」と思っていた。

でも、最近、「文字にして語る」ことは良いことばかりではないということにも気付きました。
ふと口をついて出た言葉ではなく、じっくり考えて書いた文章には、じっくり考えただけ責任が伴うし、言葉は出たらその場で消えてしまうものだけど、メールや手紙の文字って意図的に消さない限りずっと残ってしまうから。
私が書いたことで傷つく人がいるかも知れない、私が書いたもので怒る人がいるかも知れないと思うと、何だか書くのが怖くなったというか。
要は、自分の考えを発表する場は欲しいのに、disられたくないという幼稚な発想です。自分で書いたものにそこまで責任持ちたくないというわがままな発想でもある。

けど、やっぱりものを考えることが好きで、考えたことを自分の言葉で表現することが好きなので、書くことは続けたいなと思っています。
私が責任を持てばいいのよね。
もしくは、disられても知らん顔しとくとかね。


「ものを書く」ことに伴う責任の存在を忘れないようにしつつ、現場の感想を書いていきたい2012年の夏です。
それだけ!